企業文化を変えたデザイン思考
KESIKI 石川俊祐さん
Takram 田仲薫さん

日本事務器が大切にしてきた、 人と人、 そして人とテクノロジーの 「繋がり = Connected」 について、 挑戦者がその価値と可能性を語り合う企画。 第4回は KESIKI INC.で代表取締役を務める石川俊祐さん (写真右) と、 Takram Japan 株式会社のデザイナー 兼 デザインコンサルタント 田仲薫さん (写真左) のお2人をゲストに迎え、 日本事務器 代表取締役社長の田中啓一さん (写真中央) を交えた鼎談が実現しました。
現在の日本事務器にとって欠かすことのできない 「デザイン思考」 の浸透に携わった3人が、 多種多様な “繋がり” について語り合います。
KESIKI 石川 俊祐
デザインアプローチを駆使し、 企業のブランディング、 組織デザイン、 新規事業創出等、 多岐にわたる分野でデザインイノベーションを主導する。 ロンドン芸術大学 Central St. Martins 卒業後、 Panasonic Design Company にてプロダクトデザイナーとしてキャリアをスタート。 IDEO Tokyo (アイディオ トーキョー) の立ち上げ、 BCG Digital Ventures におけるデザイン組織構築など、 グローバルな経験を有する。 2019年、 KESIKI Inc. を設立。 旭川市最高デザイン責任者、 ウッドユウライクカンパニー WYLC 代表取締役、 多摩美術大学 クリエイティブリーダーシッププログラム 特任教授、 NTT com design studio KOEL クリエイティブアドバイザー等を兼任。 D&AD、 GOOD DESIGN AWARD 等の審査委員も務める。 Forbes Japan 世界で影響力のあるデザイナー39名に選出。 「HELLO, DESIGN 日本人とデザイン」 (幻冬舎) の著者。
Takram 田仲 薫
デザイン思考やシステム思考などの幅広い知識と経験を活かし、 ブランディング、 UX、 デザインリサーチ、 サービスデザインを通してクライアントの価値創造をサポートし、 数々のプロダクトや新規事業を世に送り出している。 博報堂でブランディング、 IDEO (アイディオ) でデザインコンサルティングをそれぞれ10年以上経験。 IDEO では、 東京オフィス設立以前の2006年から日本市場開拓に尽力し、 最終的に IDEO Tokyo の共同代表を務めた。 映像や音楽制作のバックグラウンドをもつ。
「デザイン思考」 との出会い
田中社長 : 本日はよろしくお願いします。 お2人とも、 先日の100周年記念パーティーにもお越しいただきありがとうございました。
石川さん : こちらこそお呼びいただきありがとうございました。 昔、 一緒にプロジェクトを進めた NJC のメンバーにもお会いできて、 懐かしさを覚えました。 みなさん、 今も熱量を持って仕事に取り組まれているんですね。
田中社長 : そうですね。 初めてお会いしたのは、 石川さんも田仲さんもデザインコンサルティング会社の IDEO に在籍されていた9年前。 アメリカのオフィス家具メーカー・ Steelcase 社に組んでもらったオフィスツアーでサンフランシスコの IDEO を訪れたときからのご縁ですね。
田仲さん : そのときに僕がオフィスを案内したので、 本当に偶然の出会いでしたね。 ツアーの際に当時 IDEO が実践していた 「デザイン思考」 についても少しご説明させていただきました。
田中社長 : ええ。 あの頃、 日本ではあまり知られていない発想法だったので、 帰国後に改めて IDEO Tokyo にコンタクトを取りました。
当時は、 NJC の事業のなかでも 0から1 を生み出す 「創造領域」 を伸ばすため 「Team Finches (チームフィンチーズ)」 というチームを作り、 新規事業の立ち上げプロジェクトを進めていたんです。 さまざまなアプローチを試すなかで 「デザイン思考」 が役に立つのでは、 と感じたのがきっかけ。 そこで石川さんと話を進めていくうちに田仲さんが転勤で日本に帰国して、 再会を果たしました。

田仲さん : そうでしたね。 日本に戻ってきてから、 プロジェクトに加わりました。 それも偶然の重なり合いかもしれませんね。
石川さん : 僕は、 田中社長と直接お会いするまで、 老舗の日本事務器と IDEO とでは企業文化が違うかもしれない、 と思っていたんです。 でも、 最初の打ち合わせで田中社長が突然、 自前の 360° カメラで写真を撮りだしたので、 その瞬間に IDEO との相性の良さを確信しました (笑)。
他社と進めるプロジェクトの成功は、 IDEO と 「ワンチーム」 になれるか否かにかかっています。 発想が柔軟で好奇心旺盛な田中社長率いる NJC となら、 良いチームになれる予感がしました。
田仲さん : そうそう、 田中社長はカリフォルニアのオフィスでも 360° カメラでいろいろな写真を撮っていました (笑)。 IDEO 創業メンバーのトム・ケリーさんともガジェット話で盛り上がっていたのを覚えています。
田中社長 : お2人にはそんなふうに映っていたんですね (笑)。
ゼロからスタートしたプロジェクト 「GOLD FINCH」
田仲さん : Team Finches と IDEO とのプロジェクトは 「GOLD FINCH」 というプロジェクト名でスタートしました。当初は 「社会課題」 をテーマに事業を立ち上げたい、 とのご相談をいただきました。 ただ、 社会課題といっても切り口は多種多様。 お互いにさまざまなアイデアを出し合って 「日本の農業」 や 「食」 というテーマにたどり着くまで時間がかかりました。 「自分たちは何がしたいのか」 というゼロベースでプロジェクトをはじめるのは、 個人的にも新鮮な体験でしたね。
そこからは全国各地に足を運んで農業関係者に直接話を聞き、 調査を進めました。
石川さん : 当初、 画像から品物の品質をAIで選別するというアイデアを持って農家の方を訪ねたら 「選別は自分たちでやるほうが早いからいらない」 と言われましたね。
田仲さん : そうでしたね。 ほかにも、 出荷作業をする場所に画像選別をする iPad を置くスペースがないとか、 作業の負担にならないものでなければ使ってもらえないなど、 実際に話を聞かなければわからないことばかりでした。 食のサプライチェーンに目をつけて、 まずは、 農家と市場 ・ 青果卸を情報でつなぎ、 業務効率化を支援する 「fudoloop (フードループ)」 というアプリをチームで開発し、 NJC でサービス化しました。 品物の出荷予定量を卸業者に伝えたり、 過去の出荷データを元に出荷量を予測したりできるコミュニケーションツールです。
田中社長 : 調査を進めるなかで、 農家と青果卸業者が抱えるコミュニケーションの課題が見えてきました。 我々のような IT 企業は、どうしても野菜選別 AI や温室栽培などテクノロジーを使うソリューションにとらわれがちです。 しかし 「デザイン思考」 を軸に、 調査で学んだことをモノに収束させた結果、 コミュニケーションに解決策を見いだせたのは新たな発見でした。
IDEO とのプロジェクトが変えた NJC の文化
田中社長 : プロジェクト終了後、Finches のメンバーが体験した “雰囲気や熱量” をより多くの社員に体験してもらいたい、 と考えました。 そこで 「デザイン・シンキングキャンプ(DT Camp)」 という研修を行い、 実践的にデザイン思考を学んでもらうことにしたんです。 そのときも田仲さんの力をお借りしました。
田仲さん : はい。 NJC の DT Camp ではチームを組んで、 デザイン思考の講座を受けた後に、 我々が出した課題の解決に取り組んでもらいました。 チームごとに用途を限定しない予算がつき、 自分の足で調査したり、 チームワークを高めるために飲み会をしたり…。 なかには 「究極のインクルーシブは動物もチームの一員になること」 だと考えて、 水族館の飼育員の方に話を聞きに行くチームもあり、 とても面白かったです。
NJC の DT Camp が成功した理由は、 チームの発想力やチームワークのために予算がついた点と、 悩み抜いてアイデアがまとまらなくてもいいし、 失敗しても OK という条件にあったと考えています。 本気でデザイン思考を学んでほしい、 という会社からのメッセージを社員のみなさんが受け取ってくれた結果でしょうね。
田中社長 : DT Camp では、 良いアイデアではなく、 悩んで得た学びを評価すると決めていました。 約120名の社員が DT Camp に参加してくれたのですが、 今では彼らが社内でインフルエンサーのようにデザイン思考を広めてくれています。 新入社員研修にもデザイン思考を取り入れているので、 NJC のカルチャーとして根付いていますね。
石川 : デザイン思考のファシリテーター (* 1) も社員さんがやられてるんですか? それはすごい!
(* 1)… デザイン思考のワークショップを行う際、 メンバーの活動をサポートする人物。
田中社長 : はい。 IDEO さんとのコラボレーションを経て、 私自身はもちろん、 NJC も大きく変化しました。 何より 「How Might We」 という概念が、 会社のカルチャーとして定着しています。 初めから “答え” を求めるのではなく、 まずは 「私たちはどうすれば ◯◯ ができそうか?」 という “問い” を中心に据えて、 そこに向けて答えを探すという思考に切り替わったんです。 そうした社員の変化を見ても、 石川さんや田仲さんを含めた IDEO との “繋がり” がなければ、 今の NJC はなかったと言っても過言ではありません。
「繋がり」 がもたらした新たな気づき
田中社長 : 石川さんは現在、 IDEO を卒業して2019年に KESIKI Ink. を創業されましたが、 そのなかで 「繋がり」 を感じたお仕事はありましたか?
石川さん : たくさんあるのですが、 「WOOD YOU LIKE COMPANY」 という無垢材家具ブランドを事業継承したときは、 繋がりの重要性を感じましたね。 同社は創業40年家具ブランドで、 複数の有名家具メーカーから M&A の打診を受けても、 断り続けていたそうです。
断っていた理由は、 彼らが大切にしてきた 「愛される無垢の木の家具を作る」 というパーパスやこだわりを理解してくれる相手にブランドを託すと決めていたから。 そんななか、 家具メーカーでもなければファンドでもない、 デザイン会社の KESIKI が 「愛される会社づくり」 というパーパスを掲げていることを知ってくださり、 お会いすることになったんです。

田仲さん : それも偶然の出会いですね。
石川さん : ええ。 経営者のお2人と食事をして、 なぜ我々が愛される会社をパーパスにしたのか、 という話をした翌日に 「あなた方にブランドをお譲りしたい」 とメッセージをいただきました。 この件を通して、 自分が本質的に信じていることや大事にしていることが重なる人とでなければ、 本当の “繋がり” は生まれないと実感しました。 同じものを大事にしている相手となら、 ごく自然にグルーヴができて、 うねりが生まれる。 仲間を増やすには、 自分の想いや目標、 やりたいことを持ちつづける重要性を感じています。
田中社長 : 石川さんがおっしゃる通り重要性のみでつながる関係ではなく、 お客様と一蓮托生の仲間になるには、 自分自身の目標や想いは明確にしておかなければならないですね。 当社でも大切にしている部分です。
田仲さん : じつは、 100周年のウェブサイトを作るにあたって、 社員の方にインタビューすると、 みなさん “お客様と繋がること” をゴールにしていなかったんです。 お客様と接するなかで自ずと接点が見えてきて、 草野球チームに誘われたり、 お客様の飲み会に参加したりする関係を築いた方がとても多い。 仕事面でも気になる点があれば、 すぐに駆けつける … 社員一人ひとりが、 NJC の掲げる 「嫌な感じのしないおせっかい」 を自然と行っているのが印象的でしたね。
Being Closer に込めた想い

田仲さん : 今回、 100周年ロゴのタグラインに 「Being Closer」 と名付けた背景にも “おせっかい” が深く関わっています。 「Close (近く)」 ではなく 「Closer (より近く)」 にした理由は、 誰かの近くに行く前にある “心の迷い” を表現したかったから。 たとえば、 相手のためを思った提案でも 「これを言ったらおせっかいと思われるかも」 とか 「飲み会に誘ったら断られるかな」 とか、 いろいろな迷いを振り払って一歩を踏み出している。 NJCは、 その一歩を積み重ねて 「Being Closer」 を実現しているんです。
その人の想いや価値観など “個” がにじみ出るおせっかいを奨励する NJC の文化と、 それを受け止めて成長してきたお客様の関係が100年続いているのではないでしょうか。
田中社長 : 私もこのコピーを聞いたとき “心の距離” をイメージしました。 当社には 「ラストワンマイル (* 2) の責任」 というスローガンがあり、 昔は物理的な距離でお客様にもっとも近い位置を意味していましたが、 今はテクノロジーが進み、 直接行くよりも早く対応できるようになっています。 しかし、 物理的な距離に伴って心の距離まで遠くなってはならない。 これまで以上に興味関心を持ってお客様に接し、 お客様よりもお客様に詳しくなる必要があるんですよね。
(* 2)… お客様と接したポジション
石川さん : 「Being Closer」 … いい言葉ですね。 お2人が言うように好奇心を持って相手を知るのはもちろん、 相手をインスパイアする、 刺激を与えるという意味にも取れる言葉だと感じました。 IDEO Tokyo 創業メンバーのリャン・サンジンさんは、 毎朝 「今日は誰をどんなふうにインスパイアしよう」 と考えてワクワクすると話していました。 彼のように誰かに刺激を与える存在も 「Being Closer」 。 一人ひとりが意味を読み解き、 自分なりの 「Being Closer」 の在り方を模索する “余白” がありますね。
田仲さん : はい。 じつは、 田中社長にも 「寄り添う」 という言葉は使わないでほしいと言われていました。 「Being Closer」 は、 お客様に共感して寄り添うことではないんです。
石川さん : 相手を知ることもインスパイアすることも、 人や世の中に興味がなければ成立しないし、 どちらかに偏ると独りよがりになってしまう。 ただ相手に寄り添うわけではないんでしょうね。
それぞれの “これから” と “挑戦”
田仲さん : 今、 僕が仕事をするうえで重視しているのは 「共感力」 「想像力」 「実体化力」 という3つの力。 共感力は、 自分とは異なる価値観を持つ人にも関心を持ち 「そういう視点があるのか」 と共感する力。 そして、 いろいろな人と話をして、 多様な価値観や生き方に触れると、 想像する力も鍛えられます。 ただ、 想像力が膨らみすぎると不安も大きくなり、 身動きが取れなくなるので、 すぐに手を動かして実体化する力も欠かせません。 この3つの力をループさせながら、 これからもデザインやデザインコンサルタントとして 「人」 に関わっていきたいですね。
石川さん : この数年で日本にある有田焼の会社や漆器の会社など、 文化を担う手仕事の企業が、 30万社ほど黒字倒産する (そのうち後継不足により、黒字廃業する企業も多数) といわれています。 そうした企業を持続可能な形で後世に残す方法を探るのが、 我々 KESIKI の中心的なビジネスであり、 チャレンジです。 デザインによって日本の文化的な資産をビジネスとして成立させた状態で残す方法を模索しています。
ちなみに 「KESIKI」 という社名は、 割れた器を漆で修復する 「金継ぎ」 を施し、 生まれ変わった器を指す良い 「景色」 に由来しているんです。 これから私たちは 「金継ぎ」 のように日本の文化を担う企業に新たな命を吹き込み、 長く続く価値をつくるサポートをしていきます。
田中社長 : 今日はお2人とも、 聞きごたえのあるお話をありがとうございました。 NJC が身を置く IT 業界は、 AI の登場を機に大きな変革期を迎えており、 今まで以上に変わり続ける必要性を感じています。 とはいえ、 あらゆる仕事を AI が担い、 人間が不要になるような状況にはならないはず。そのため NJC では “AIと人間とロボットが共存する社会” になったとしても、 お客様を手助けできるような事業に取り組んでいきます。
その時代を迎えるとき、 技術の問題で取り残されるお客様がいないようにお手伝いをするのも我々の仕事。 「Being Closer」 の言葉通り、 お客様のより近くで一緒に歩みを進めていきます。
ともにプロジェクトを成功させ、 今も 「繋がり」 続ける3人には “好奇心” という共通点がありました。 これからも、 時代の変化を楽しむ彼らの挑戦は続きます。