Interview 02

モテるお酢屋
飯尾醸造 飯尾彰浩さん

日本事務器が大切にしてきた、人と人、そして人とテクノロジーの「繋がり=Connected」について、挑戦者がその価値と可能性を語りあう企画。 第2回のゲストは、創業130年を超える老舗お酢屋の飯尾醸造5代目当主 飯尾彰浩さん(写真左)。 経営理念である「モテるお酢屋」を目指す同社のお酢には熱烈なファンも多く、近年注目を集めています。 今回は日本事務器の営業統括部長 柏尾司さん(写真右)が飯尾醸造のユニークな経営戦略に迫りつつ、両者に通じる“お客様とのコミュニケーション”について語りあいました。

株式会社 飯尾醸造
明治26年に創業し、約130年間、京都・宮津でお酢造りに携わる。 「静置発酵」という日本古来の製法でお酢造りを行う、日本でも数少ない老舗醸造元。 2007年に販売された飯尾醸造の「富士酢プレミアム」は、鮨の名店や国内外のミシュランシェフなどプロフェッショナルのファンも多い。

https://iio-jozo.co.jp/

日本事務器株式会社 柏尾 司
営業本部 営業統括部長。 北海道で生まれ育ち、1992年に日本事務器に入社。 北海道支社ソリューション営業部部長、北海道支社長を経験し、現職。 事業分野における販売戦略の策定、販売促進、拡販施策の策定など営業にまつわるさまざまな業務に携わる。

https://www.njc.co.jp/

伝統製法にこだわる

柏尾さん : 本日はよろしくお願いします。 先ほどは、歴史ある「蔵」も見学させていただき、貴重な体験ができました。とても長い時間をかけてお酢を作っているんですね。

飯尾さん : はい。 飯尾醸造のお酢は昔ながらの製法で作っているので、時間と手間がとてもかかっています。 また、地元の契約農家が作る無農薬米だけでなく、自社でも米を作っているので、一般的なお酢メーカーに比べて60倍ほどの時間を要していますね。

柏尾さん : 実際に飯尾醸造さんの「富士酢プレミアム(写真右)」もいただいたのですが、口当たりがやわらかくまろやかで、とてもおいしかったです。 一般的なお酢とは原材料と製法が違うんですね。

飯尾さん : そうですね。 ただ、大手のお酢メーカーさんが大量生産してくれるおかげで、多くの人がお酢を気軽に使えたり、ケチャップやソースなどほかの製品も作られたりしているので、我々とは棲み分けができているんです。 うちの製法では大量生産ができないので、“知る人ぞ知る蔵元”にとどめておくのがベストですね。

企業における「言語化」の重要性とは

飯尾さん : 飯尾醸造では「6者にモテるお酢屋」という経営理念を掲げていて、まず優先すべきは手に取ってくれるユーザーのみなさんとスタッフ。 そこに地元や契約農家、取引先、そして生産者仲間を加えた6者のステークホルダーから“モテること”を目指して仕事をしています。

柏尾さん : 「6者からモテる」とはインパクトがある経営理念ですね。 飯尾さんが考えられたんですか?

飯尾さん : 私がやったことは、3代目の祖父や4代目の父や母がしてきた仕事の“言語化”です。 5代目を継いだ21年前には経営理念がなかったのですが、改めて整理をして言語化すると周りも動いてくれて、次の行動にも移しやすくなりましたね。

柏尾さん : 言語化はとても重要ですよね。 日本事務器は、ICT(情報通信技術)のトータルソリューションサービスを提供する会社なのですが、創業当時から「優れた商品」「正しい商売」「新分野の開拓」という社是を掲げています。
また、2024年には創業100周年記念動画を制作し、社内外に向けてコンセプトメッセージを発信しました。 企業が物事を推し進めるときは、言葉や映像によって社員たちとイメージを共有するのも重要なコミュニケーションですよね。

商品やサービスを届けた先にあるコミュニケーション

柏尾さん : 日本事務器は、お客様の顔を直接見ながらご提案をするのが強みのひとつです。 また、システムの設計と開発から、パソコンなどのハードの導入だけでなく、その後のメンテナンスまで1社で対応できるのも我々の特徴。 上流から下流まで丸ごと請け負うケースが多く、半世紀以上のお付き合いがあるお客様もいます。
新しいツールやシステムを導入したあと、どのように業務に役立てていくのかまで、お客様と一緒に考えるのも我々の仕事。 お客様のそばで汗を流して知恵を絞るのが“日本事務器らしさ”であり、次世代にも継承していきたい文化ですね。

飯尾さん : フロービジネスとストックビジネスを両立されているんですね。 それでは、お客様の環境や要望に合わせて成長していった面もあるのでは?

柏尾さん : そうですね。 お客様のために新しいテクノロジーを自社に導入するケースもあります。 10年ほど前になりますが、全国の事業所に所属する正社員から派遣社員まで全員にスマートフォンが支給されたんです。 その後、2020年にはウェラブルウォッチも全社員に配備し、様々なITツールを活用する状態が当社の当たり前になってきています。

飯尾さん : すべてのスタッフに支給するのはすごいですね!

柏尾さん : なかなかできる決断ではないですよね。 社内に一体感が生まれるだけでなく、お客様よりも先に新しいテクノロジーを取り入れて、自分たちが体験したことをお伝えするのが狙いでした。 失敗談も含めてお話できれば、お客様にとっても有益な情報になります。 デジタルツールとの関わり方や理解度もお客様によって異なるので、必然的に幅広いサポート体制が求められているんです。

飯尾さん : サポートの幅の広さが、日本事務器さんの強みになっているんですね。
じつは当社も、お酢を買ってもらって終わりではなく、お届けした“後”もモテる工夫をしています。 母と妹が飯尾醸造のお酢を使った「酢料理レシピ」を300種類以上開発してホームページに掲載したり、それをもとにレシピ本を出版しました。 そのほかにも「富士酢プレミアム」「紅芋酢」にスパイスやハーブを入れてクラフトビネガーを自作するレシピをSNSやブログで紹介する「クラフトビネガー部」の活動もあり、家庭で飯尾醸造のお酢を楽しむ方法をご提案しているんです。 お客様が健康的なお酢生活を続ける“継続性”を高める取り組みは、飯尾醸造流のストックビジネスでもありますね。

飯尾醸造の「弱者の戦略」とは?

柏尾さん : 飯尾さんは、売り込みをしない「完全プル型」の経営をされていますよね。 私自身、長年営業畑にいて、お客様と顔を合わせながら自信を持ってセールスをしてきました。 飯尾醸造さんほど高品質なモノづくりをされていると「とてもいいモノだから手に取ってほしい」と言いたくなってしまう気がするのですが、プル型に舵を切ったのはなぜですか?

飯尾さん : 私は営業に向いていないんですよ。 大学院を卒業後、コカ・コーラ社に入社して4年ほど営業職や社員教育に携わっていました。 家業を継ぐにあたり、食品営業スキルを身に着けたいと思っていたのですが、商品の売り込みがどうも苦手で……。 そうした経験から「営業をしなくてもお客さんが来てくれるような組織・ブランドを目指そう」と考えました。
幸運だったのは、私が働いていた当時のコカ・コーラが世界ナンバーワンブランドで“圧倒的強者”だったこと。 誰もが知るコカ・コーラで働いていた自分が、誰も知らないお酢造りに携わるという大きなギャップを体験して「ニッチトップを極めるしかない」と振り切れました。 それが、商品の品質を徹底的に高めて、お客様にファンになってもらう「弱者の戦略」の原点です。

柏尾さん : たしかに、振り幅は大きいですよね。

飯尾さん : はい。 大手メーカーの場合はコストを低く抑えて製品やサービスを提供して勝負をしますが、うちのような小さな会社の場合は、品質の高さやニッチなカテゴリーでシェアを獲得できるんです。
当社の商品でいえば、2010年に発売したピクルス専用酢の「富士ピクル酢」。発売当時は、ピクルス専用のお酢そのものが存在せず、その時点でピクルス専用酢のシェア率100%を占めていましたが、その後「残り野菜を自宅でピクルスにする」というブームを起こしました。
メディアに取り上げられて話題になり、大手メーカーも参入してきたので自社のシェアは縮小しましたが、こだわりがある人や「富士ピクル酢」の品質を気に入ってくれた方は買い続けてくれます。 小さな蔵元でも、パイオニアとなってブームを起こせば手に取ってくれる人はいる。 周囲の力を借りて全国に商品を広めるこの方法を「合気道的拡散法」と呼んでいます。

お客様との印象的なエピソードは?

飯尾さん : 私が当主を継いでから20年が経ち、お客様とのつながりも広がりました。 17年前、東京出張の際にお寿司屋さんのカウンターで偶然出会ったお客様とは、今も交流が続いています。 その方が著名な経営コンサルタントだと知ったあとも、定期的に東京で食事をしたり、ご夫婦で宮津に来ていただいたり。 商品の「富士酢プレミアム」の名付け親にもなってくれた大切なお客様です。 この数年はご主人の体調が芳しくなく、直接会う機会が減っていたのですが、先日、飯尾醸造を取り上げたテレビ番組を見て「10数年ぶりに宮津に行きたい」と言ってくれたんです。 宮津まで来るのは難しかったので、京都の料亭で食事をしたのですが、久しぶりにお会いできてうれしかったですね。
言ってしまえばその方は、飯尾醸造の大口の取引先でもなければ、コンサルティングを請け負ってもらっているわけでもありません。 しかし、損得や利害を超えて17年も続く関係になれるお客様と出会えたことは、幸せに思います。

柏尾さん : 素敵なご関係ですね。 私も北海道で生まれ育ち、日本事務器に入社してから32年間、北海道エリアを担当してきました。 お客様と一緒にITで課題を解決していくうちに、心理的な距離も近くなり、一緒にビアガーデンに行ったり、日帰り旅行に出かけたりと、プライベートでも長く交流のあるお客様もいます。
ただ、長いお付き合いになると、定年退職やお別れの時も訪れます。 私が東京への転勤が決まり、お世話になった方々にご挨拶に伺いました。 その折に、懇意にしていたお客様が亡くなられていたことを知ったんです。 社員の方から「柏尾さんのことを気にかけていたよ」と言葉をかけていただいた時、改めてお客様との関係性の大切さを実感しました。 飯尾さんがおっしゃるように、お客様と利害や損得を超えた関係を築くことは、仕事における一つの幸せだと思います。 これからも、お客様との信頼関係を大切にして、仕事に取り組んでいきたいですね。

100年以上続く企業のこれから

柏尾さん : 今日は飯尾さんから貴重なお話をお聞きできて、とても勉強になりました。 我々も次の100年のために品質をしっかり高めて「モテる戦略」を取り入れたいです。

飯尾さん : 私は柏尾さんとお会いするまで“システム”を扱っている企業と聞き、無味乾燥なイメージを抱いていたんです。 しかし、日本事務器さんではお客様ととても近い距離で仕事に取り組まれていると知って驚きました。 血の通ったサービスを提供することで、お客様だけでなくスタッフの心も掴んでいるのかもしれませんね。

柏尾さん : そうですね。 日本事務器には「お客様の困りごとをとことん解決する」というスピリッツがあるのですが、今の若手の働きぶりを見るとそれが受け継がれていると感じます。
今後、日本事務器では生成AI分野の取り組みを一層強化し、お客様はもちろん、社員にとっても「相棒」となるシステムの開発に注力する予定です。 同時に、各地域の既存ビジネスもさらに深堀りし、真摯に取り組んでまいります。 これら双方をどのように両利きで実現していくのかが、今後の重要なテーマになります。

飯尾さん : 飯尾醸造はこれから「憧れられるお酢屋」を目指して動いています。 飯尾醸造で働くことがひとつのステータスになり、働き手が増えれば伝統技術を今後も継承できる。 そのためにも、品質の維持・向上だけでなく、福利厚生を含めて改善しなければならない。 そこで当社は、社員には自社製品を無償で提供したり、出張時に飯尾醸造のクライアントの飲食店に行くと食事代を経費精算できたりと「長く働きたい」と思える工夫をしています。 もちろん後者は、社員が食事をするだけでなく、なかなか顔を合わせられないクライアントの方々と飯尾醸造が交流を持つ重要な機会でもあります。 そこで社員がお酢造りの話をしたり、おいしい料理の秘密を教えてもらったりしながら、クライアントとコミュニケーションを図るチャンスでもあるんです。
そして、2028年までに「日本で一番原価率の高い社員食堂」を作るという目標も掲げました。 日本でトップクラスの食材を使った料理をランチで囲めれば、働きたいと思ってもらえるはず。 また、飯尾醸造の社員食堂に食材を卸すことが生産者の付加価値になったり、一般に開放して利用者を増やせば地元に貢献できたりと、多方面にメリットがある社員食堂になる予定です。

柏尾さん : まさに、6者からモテる取り組みですね。 3年後にまたうかがいます!

アフタートーク
柏尾さん : 飯尾醸造さんでは、一般の人向けに「田植え・稲刈り体験会」を開催していますよね。 とてもユニークなイベントだったので気になっていました。
飯尾さん : じつはこれも、6者のうち“スタッフにモテるため”の取り組みなんです。 飯尾醸造では、21年前から棚田で無農薬米を作っているのですが、当時は農業を前向きに捉える蔵人はあまりいませんでした。 しかし、東京から家業を継ぐために戻ってきた私にとっては、初めての農作業が“非日常”に感じて、とても楽しかったんですよね。 蔵人たちにとっては大変な日常の作業も、非日常になれば楽しんでもらえるかもしれない。 そこで、ユーザーのみなさんに田植えや稲刈りを手伝ってもらい、蔵人たちがラクをするための体験会をスタートしました。
柏尾さん : 逆転の発想だったんですね。
飯尾さん : はい。 そうは言っても、自分たちがラクしたいだけでは、お客様も楽しめないし、継続してもらえない。 そこで「田植えファッションショー」を開催したり、当社が運営するレストランでパーティーを催したり、リピートしたくなる“おもてなし”をするようになりました。 これまで、最多で30回以上参加している方もいます。 リピーターの方には、特製のTシャツや長靴など農作業アイテムをプレゼントしているので、柏尾さんもいかがですか(笑)?
柏尾さん : ぜひ参加したいです!
アフタートーク
柏尾さん : 飯尾醸造さんでは、一般の人向けに「田植え・稲刈り体験会」を開催していますよね。 とてもユニークなイベントだったので気になっていました。
飯尾さん : じつはこれも、6者のうち“スタッフにモテるため”の取り組みなんです。 飯尾醸造では、21年前から棚田で無農薬米を作っているのですが、当時は農業を前向きに捉える蔵人はあまりいませんでした。 しかし、東京から家業を継ぐために戻ってきた私にとっては、初めての農作業が“非日常”に感じて、とても楽しかったんですよね。 蔵人たちにとっては大変な日常の作業も、非日常になれば楽しんでもらえるかもしれない。 そこで、ユーザーのみなさんに田植えや稲刈りを手伝ってもらい、蔵人たちがラクをするための体験会をスタートしました。
柏尾さん : 逆転の発想だったんですね。
飯尾さん : はい。 そうは言っても、自分たちがラクしたいだけでは、お客様も楽しめないし、継続してもらえない。 そこで「田植えファッションショー」を開催したり、当社が運営するレストランでパーティーを催したり、リピートしたくなる“おもてなし”をするようになりました。 これまで、最多で30回以上参加している方もいます。 リピーターの方には、特製のTシャツや長靴など農作業アイテムをプレゼントしているので、柏尾さんもいかがですか(笑)?
柏尾さん : ぜひ参加したいです!

宮津の海を背景に、和やかな雰囲気で行われた対談も無事終了。 ”お客様とのコミュニケーション” には正解がないからこそ、やりがいがあるのかもしれません。